雨月春風

雨月春風<序章>

 冷たい風と暑い日差しとが、交互にあるいは混ざり合って、冬から夏へと過ぎ行く間に春という穏やかな時期が在る事を、つい忘れてしまいそうになるのが、若者の特権でのある。
 青春の淡い恋から、情熱の愛の嵐へ飛び込もうとしているのに、情緒も何もない。
 二十歳を過ぎても子供のままで、友人と政治批判や、国がやらねばならぬ叙事交々を討論仕合時間を潰す。論文にして投稿するか、自費出版するかして、世に出せば良いものを、ただ友人と討論し、相手を負かすだけで満足する毎日。春休みは、アルバイトと観るか観ないか再び議論と交わし、映画館の前で、数時間時間を潰し帰宅するのだ。「なんともつまらない」と考える余地はなかった。議論して、友人を負かすことは、頭の回転を良くし、しゃべるときの舌使いを滑らかにする。早く喋り、頭の中の知識を相手に伝える練習は、物語を書く者たちにはひとつの理想といえた。
 実家の前の田舎の風景。熊本のアーケード街の薄暗い日差し。慣れきった彼等、彼女等は前期の講義がまだ始まらないでくれと心で叫び、始まれば抵抗する気もなく、講義を聴きに大学へ足を向ける。
 未来を見つめる者等は、常に自分自答を繰り返し、新しい真実の知識を身に付け様としている。飢えた狼みたいに、知識を身に付けるのだ。
 木村信太もそれに漏れない学生だった。体育系ではない。文科系でもない。工学部土木工学科だった。

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雨月春風

雨月春風<序章-2>

 上熊本駅から、工大までの徒歩。ジーンズパンツに水色のカッターシャツ。ジーンズのハーフコートの井手たち。ブックバンドで括った教科書を左の肩に掛け、セブンスターを咥え火をつける。
 煙が目に沁みる。菊池電車の駅沿いに左側通行。歩道がない。道脇の雑草に躓くかっこ悪さ。馴染みのない工大の学生たちの行列。
 右に曲がって、踏切を渡ろうとする車の間を抜けながら直進する。早稲田予備校を通り過ぎる。夏でもないのに案外強い日差しに体が火照り始める。しばらく行くと菊池電車の踏み切り、急ぎ足で渡る。ちらりと右側通行の連中を振り返る。彼ら集団もレミングスのように、同じように渡って来る。短くなったセブンスターを捨て、遥か彼方の大学を仰ぎ見る。
 歩みを速める。のどが渇いた。キオスクで飲み物を買うべきだったが、ここで引き返すわけには行かない。
 後期試験のころよく通ったラーメン屋の前を過ぎる、“久々帰りによって見るか”などと思ってみるが恐らく帰るときは忘れているに違いない。右手にオープンしたパチンコ屋がよく目立つ。俺は興味がないが、飯代をつぎ込む奴も少なくはない。まぁ、どうでもいい話だが・・・。
 しばらくあった歩道もなくなり、左側を歩き続けるのは危険だ。先ほどみたいに、躓いたらまずい。歩くスピードは落とさず、交通量を確かめる。これほど多いと渡り辛い。いつものように、菊池電車の横断歩道で渡って置けば良かったと後悔しても始まらない。車の切れ目をダッシュするほかない。
 運動神経が鈍いのは自覚している、前から二台、後ろから四台。歩くスピードを落とす。
 三、二ぃ、一。ダッシュ。
「オットーッ!」
 女子学生にぶつかりそうになった。
「すみません」
 睨み返しやっがった。態とじゃない、車に注意を払っただけだ。工大に女性は建築科しかなかった。威張りやがって、それほど美形でもないくせに、と言ってやりたかったが、悪いのは自分だった。しかし、遅いなァこの女性は。と、追越していいものか。
 女性が振り向き、また睨み付けられた。
“なんでだ”。
“まさか”。
「あのう!」と振り返りざま、立ち止まったものだから、思いっきりぶつかってしまった。
「何をするんですか」と、ビンタに一発。
“ハッ”と、頬を押さえるボク。

「後にピッタリくっ付いて歩くの、止してください。エッチ!」
“舌を出した”
“アカンベー”をした。子供みたい。
 思わず「可愛い」と言ってしまった。
「もーッ!。フン!」と彼女は歩き始めた。
 俺は、右手で、左頬を抑えて佇んでしまった。その始終を見ていた後続部隊が、俺の顔を覗き込みながら追越していく。
 衝撃的な一撃だった。あの時、俺はどんな顔をしていたのだろうか。
 “思い出せないのである”
 美人では決してない。あの顔が、忘れられなくなった、大学三回生の第一日目の出来事であった。

テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

雨月春風 序章<3>

 今更言っても始まらないが、工大に行くのには、運動部の人たちが崖を削って作ってくれた隠れ階段が存在していた。階段は、二箇所あったが、ひとつの方は正式な道路「まぁ、正門」の二十メートル手前から右斜め上に鋭角に上る階段だ。殆どの工大生や徒歩で来るタフな教授の方々は、この階段を行き来する。通常の舗装された道路は、乗り物で通勤通学する人たち専用であり、徒歩の貧乏人には遠回りであり、体力の消耗につながる。そんなことをするのは、体力を向上させたい奴か、足りない連中と相場は決まっている。近道を知らない奴もいるのだ。
 恥ずかしながら、この俺も、半年の間、何も知らずに通学していたので、足りない連中というのは止めにしておこう。だが、今思うと足りなかったんだ。
「あんなところを登って、どこへ行くんだろう?」と疑問に思っても、誰にも聞かなかった。正門の左横から、五六十センチ飛び降りたところから、左下に幅50センチほどの路地がある。しかし、ズボンが汚れたらと思い、どこに続くか解らない路地風の道に踏み入らなかった。

「おい!木村。お前、何処に行くんだ?」
 友になった市原と一緒に話しながら帰る途中、正門の所で声を高らめた。
「向こう」
「遠回りするのか?」
「いつもこっちから」
「馬鹿じゃないのか?。15分も時間の損だよ。」
「その路地は、何処に行くんだ?」
「いいから請い!」
 木々に囲まれた、小路を行くのはいやだたったが、少しいやな顔をしたかもしれないが、後をついていくことにした。程なく、40センチほどの壁石の上に来ていた。
「五分とかからないだろ。」
 少々驚き風にうなずいたのは、前期試験の最終日だった。
 その後、数回市原は俺を馬鹿にするときこの話をした。
しかし、二月後から、馬鹿にしなくなった。
 新しい近道を教えてやったからだ。それは、もっと急な道ではあったが、もっと手前から、食堂の裏に出る道だった。講義が終了して、学舎からかに駐車場を超えた熊本よりの学食でカップジュースを飲んでいたら、市原が現れた、奴は電子化で、俺は土木、人を間違えて話しかけたそいつも小説を書く趣味があり、見せ合おうということになった。ただ、互いに見せるほどのものはお互い書いていなかった。書き終えた作品ではなく、いつ書き終えるか解らないその作品を早めに書いて、見せ合おうと約束したのだが、夏休みを過ぎても互いに作品は未完成のままだった。
 学食で、あるいは、市内下通の「ぶらうん」という画廊喫茶で、はたまた銀座通りの紀伊国屋書店熊本店、そんなところでやたらと話をした。
 学食であった市原は
「今日は、遠回りで帰るのか?」と言ってきた。
あれは、ニヤッと笑い、「一緒に帰るか」といった。
「俺の教えてやった道でいいのか」という。
「別のみちさ。」と答える。
「はあ〜」と呆れ返った顔をする。入学して知り合ったときは、話しかけた俺のほうが、少し有利にたっていたかもしれないが、あの近道の件で、背の小さい市原にお株を取られっぱなしだった。
「遠回りして帰るのは、真っ平だぜ!」
善は急げだ!。残りの一口を飲み干し、奴の方を叩いて「行くぞ!」と言い。学食の裏口に向かった。
「何処行くんだ」とついてきたが、「俺も喉渇いてんだ」
「チッ!しょうがないな」と立ち止まり。「どっか座るか?」と振り向いた。
「どうしたんだ。変だぞ今日は」
どうでもいいことだった。バンドした本をテーブルに置くと椅子に座った。しばらく、俺の顔を煮ていたが、頭をかしげて買いに行った。セブンスターに火をつけて、リビトの四百字原稿箋を内ポケットから取り出し、書いてるところまでの枚数を数えた。
「ここで書くのか?」
戻ってきた市原は、もう半分飲んでいた。椅子を引くと、座り「あと、どれくらいで終わるんだ?」
「書けば書くほど長くなるんだ」
「当たり前だろ」
「最初は、五十枚ほどの短編にしようと書き始めたんだけど、これで三冊目、百三十枚を越してしまい、主人公に新たな問題が持ち上がったんだ」
「それで?」と興味を示してきた市原を見て。
「お前、読んでないのに解らないだろ」
「だったら、その問題は、別の小説に書くとして、その新しい問題は起こすな。止めろ。そして、必要ないところは、没にしろ。完成させろ。早く。」
「この新しい問題で、主人公の生き方が正統化される。」
「その主人公、犯罪者か?」
「いや、ただの恋愛ものだけど」
「今まで書いたものを、五十枚に縮めろ。そして、明日<ぶらうん>で会おう。」
「なんでだ?」
「七十三枚。完成したぞ!。」
「ここに持ってるのか?」
「いや、半分は家。後半はここにある。」
「最後を見せろ。」
「馬鹿コケ!同時に見せ合う約束だろが!」と立ち上がる。
「よし!。お目の言うとおりに完成させる。帰るぞ!」
「Oh!」テーブル越しに、右手を挙げ叩き合う。
俺は、舞い上がった気持ちを胸に、市原の跡を追って表に向かっていたが、「待て!方向が違う。」
裏口から出て、崖の雑草の少ないところに案内した。
「この崖を、飛び降りるとか?」
 「まぁ、こっちだ」と、雑草のところに入り崖に沿って降りていくと、上からは見えないところに、縄が張ってあり、急な坂だが、安全に降りることができる。
 降りてしまうと下からも道があると解らない。
「早い早い。あっという間だ。誰に教えてもらった。」
「少林拳の友達」
「しかし、これだけ急だと登るのは、無理だな」
「登るのは、あっちだな」と答え。これで対等になったことを、互いに認め合った。

 あれから、一年半も過ぎていた。三回生初日の講義が始まろうとしている。やはり、あの子は建築科だろうな、新一年だろうな。などとおもいながら、学舎に向かった。


 

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雨月春風<序章 4>

雨月春風<序章・4>

 正門の北側の奥?。東側?。北東の奥?。どうだったか。取り敢えず大学の奥に土木科の校舎がある。階段を上りきったところだ。階段を上る寸前右側が土木実験室。
「どうして、上に作らなかったのだ!。」実験があるたびにこの長い階段を上り下りしなければならない。
 階段は、十二段直進し、左に九十度折れて十二段。踊場が在って百八十度右にターンする。十二段後に踊場が在り、百三十五度左に折れる。十三段<ゴルゴダの処刑場の階段数>上り四十五度右に折れ広めの階段が三段。
 校舎に到着。階段手摺に寄りかかり、数人がタバコを吸っている。顔なじみだが話したことはない。ひとクラス百二十数名全員と話すわけではない。気の合う友達は案外少ないものだ。講義室の席は決まってはいない。その日、空いてる席に座るだけなのだ。前の席は低く、後部座席は高くなっている普通の大学とは違い、高校までと同じように平坦な講義室である。
 後部座席は、黒板の文字が見づらい。と言って、前に座ると、教授がやたらと質問攻めしてくる。前の側面に座ると黒板が見づらい。様々な難点を抱えながら、適当に座るのだが。
 前から五番目、六人座りの中央側の端に教科書を置いて、外にでる。
 セブンスターに火をつける。講義スタートまで、まだ三十分以上もあった。
 「よう!」と、叩かれた右肩のほうを振り返る。上杉真平である。全科目最優秀な見本的なやつだ。タバコも吸わない。酒も飲まない。添加物食物は取らない。そして、運動万能、背は低いが、筋肉隆々なのだ。黒縁の眼鏡をかけて黒く太い眉毛に長い睫毛、丸い大きな目にくっきりとした二重瞼。正方形と言っていいほどの輪郭。(野球のホームベースかな?。)どれをとっても不釣合いなとことが、つい藍が取れてるように感じさせるのだ。
 「君に貰った、数学演習の高価な本、役立ってるよ。」
(そんなことか。プレゼントしたわけではない。一週間の約束が、後一週間、あと一週間と言いながら返すつもりが初めからなかっただけではないか。こっちも必要だから、もう一冊購入しなければならなくなった。それだけのこと。逆らったら、あの馬鹿力を試されたら、かなわない。まぁ、秀才力・・・。)
 「ああ」(こう、答えるしかない。)
 彼は、四国の実家からの僅かな仕送りで、生活をしている。本妙寺の脇にある古い建物の一部屋を間借りしているのだ。朝ご飯だけ出してくれて一月八千円。安い。しかし彼は、アルバイトをしない。学業だけなのだ。家庭のことも話さない。映画にも、テレビにも興味はない。
 「卒業したら、何をするの?。」と聞くと「大学教授だよ。」と苦笑いをして言う。(恐ろしい男だ。)
同じ土木科で、仲のいい友の八人組の一人なのだ、彼のいいところは、勉強を教えるのが得意なのだ。理解しがたいところを聞くと、「レポート用紙を出せ!」と言い(自分のは絶対使わない)書きながら具体的に教えてくれる。しかし、ひとつでも自分が納得いかない部分があれば、人に教える時間を惜しむ人でもあった。
 小川角之助という八人組の一人だが、八代から通ってきている奴だが、工業系に滅茶苦茶詳しいのだ。上杉真平は、英語、ドイツ語を彼に教えて、土木全教科の解りづらいところを彼から学ぶ。
 数学は、私と同格なのだ。(彼のほうが上だろう。しかし、理解面が違うので、互いに助かっている。)大学は、成績順と言う考えではなく、自分が単位を取る事に意義があり、「秀」「優」「良」「可」「 
不可」のどの位置にいるかということだけである。全学生が、「秀」をとっても、自分が不利になるわけではないのだ。
 「俺は、教室に入っておくよ」といい「煙草はやめろよ!。」といつもの言葉を残した。
 階段を、斉藤節春と小川角之助が話しながら上ってくる。
 「Oh!」と角之助が俺に手を上げる。つられて俺も「おー!」と手を上げた。その手をひらひらさせて下ろすと節春が笑っている。
 
「道節!お前もか?」と叫んでみる。
「ない言ってんだ。新・八犬伝は終わっただろ。いつまで、NHKの人形劇の気分でいるんだ。馬鹿者が!」斉藤は笑顔が耐えない。アーケードを歩くと女の子が寄ってくる好美男子である。
 「元気してたか?」ノッポの小川が、俺の背を叩く、斉藤が俺の頭を叩く。
 「やめろよ!」
 「どうした」と小川。
 「さっき、真平に肩叩かれて、肩の骨が折れそうだったんだ。」
二人同時に笑い始める。
 

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